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ー 日本経済はマクロ的に順調の割に逼塞感が漂うのは何故?その対策は -
〇近時のマクロ経済は順調に拡大
日本経済全体の規模を評価するには、生産活動については名目ベースの国内総生産(Gross Domestic Product:GDP)、所得については海外での所得も含めた同じく名目ベースの国民総所得(Gross National Income:GNI)で捉えるのが妥当です。
ところで、経済の実態を示す指標としてよく実質ベースの国内総生産の成長率が取り上げられますが、これは実体経済の活発度を時系列で比較するための指標で、成長率には意味がありますが、生産活動や所得の実際の規模を示すものではないので誤解せぬようご注意ください。
ここで、国民総所得は“国内で稼いだ所得と海外で得た所得の合計”であり、一方で国内で得た所得は定義的に国内総生産と等しいので、GDP統計における”海外からの純受取”と合わせて国民総所得は以下の式で簡潔に示せます。
国民総所得=国内総生産+海外からの純受取
下の図は名目値のGNIとGDP、および海外からの純受取を1994年度から2025年度まで年度ベースで推移を示したグラフです。
上段の赤色の線がGNI、紺色の線がGDPでどちらも左目盛、下段の緑線が海外からの純受取で右目盛です。黒色の縦線はリーマン・ショックとコロナ・ショックおよびロシアのウクライナ侵略の時期を示します。直近の2025年度の各指標の値を白枠内に一覧でまとめています。
国民総所得(GNI)と国内総生産(GDP)および海外からの純受取の推移(年度ベース)
―1994年度~2025年度―

期初の1994年度からリーマン・ショック直前の2007年度まで14年間でGDPは4.1%、GNIは6.4%と共にさえない伸びで終始したところで2008年度にリーマン・ショックに遭遇、2009年度には両者とも期初の水準を下回るまで下落しました。
その後アベノミクスを機に2013年度からどちらも堅調に上昇し、コロナ・ショック前の2019年度には期初の水準をGDPは48兆円で9.3%、GNIは66兆円で12.5%上回り、それなりの上昇を見せました。しかし、コロナ・ショックで2020年度には再び下落するなど、日本経済は本格的な上昇ペースをつかめない状態が続き「失われた30年」と評されるのも仕方ないか、という感じです。
しかし、コロナ・ショックから脱した2021年度から日本経済は様相が変わります。GDPとGNIは期初の1994年度からコロナ・ショックによって下落した2020年度までの”27年間”でそれぞれ6.1%、9.1%の増加、年平均でそれぞれ0.2%、0.3%の伸びであったのに対し、2021年度から直近の2025年度までの”5年間”ではGDPは115兆円、20.8%、GNIは137兆円、23.8%の上昇、年平均でどちらも4%を超える伸びとなっています。コロナ・ショック後の日本経済は順調な成長軌道に移ったかにも見えます。
また、この5年間の上昇において、国民総所得は国内総生産(国内総所得)の増加分を22兆円と大幅に上回っている点が注目されます。22兆円は国内での主要な生産活動項目の一つである民間住宅投資の約8割に達する規模で、日本経済の活動レベルにそれなりの影響を与えたと考えられます。この22兆円はすなわち海外からの純受取が5年間で19兆円から41兆円へと2倍以上に増加したことによります。
〇海外での所得増大の裏に海外貿易構造の変化
こうした海外からの所得をもたらした要因は、日本の少子高齢化が着実に進む中で経済が低迷するのをカバーするよう、所得の増大を海外に求めた経済自身の自律的バランス力が働いた結果、という“予定調和的(メルヘン的)”な解説もあり得そうですが、実際には実態は極めて現実的な日本企業の生き残り戦略の現れです。
その内容が今回講座のテーマである「日本経済はマクロ的に堅調の割に逼塞感が漂う」ことにつながります。
GDP項目における「海外からの純受取」は国際収支統計における「第1次所得収支」を基にしており、実際に両者はほぼ等しい水準になっています。
下図は海外とのやり取りを総合的にまとめた収支で国の健全性を示す指標でもある「経常収支」と、国際収支上の最も重要な項目のひとつである「貿易収支」、そして今回の注目指標である「第1次所得収支」について、1996年度から2025年度までの推移を示したグラフです。
経常収支と貿易収支、第1次所得収支の推移(年度ベース)
―1996年度~2025年度―

経常収支を棒グラフ、貿易収支を紺色、第1次所得収支を赤色のそれぞれ折れ線で示しています。黒色の縦線は上図と同様、リーマン・ショックとコロナ・ショック、ロシアのウクライナ侵略の時点を示します。各指標銘の枠内にある数値は直近の2025年度の値です。
貿易収支は2007年度まで堅調に大幅な黒字を続け、日本経済の対外的な健全性を示す経常収支の黒字を維持する立役者となっていたのが、2008年度のリーマン・ショックを機に黒字基調は一変、むしろ赤字基調になった感があります。特に別枠で記した2013年度と2022年度の貿易赤字は大幅となっています。
2013年度は2011年の東日本大震災による原発停止に伴う原油、LNGの輸入の急増によって11兆円、2022年度はロシアのウクライナ侵略による世界的なエネルギー価格の高騰に円安が重なったことで史上最大規模の17.8兆円の赤字です。直近の2025年度には辛うじて1.3兆円の黒字を確保しましたが、黒字の場合はそこそこ、赤字の場合は大幅、といった傾向になっています。
一方で、第1次所得収支は順調に黒字を拡大し続けており、貿易収支が大幅な赤字を記録した2013、2022年度には経常収支の黒字を維持する主役の座を貿易収支から奪った形です。そして2020年度のコロナ・ショック以降は一段と上昇ペースを速め、経常黒字を維持・拡大させ、かつ国民総所得の押し上げを通して日本経済の地盤強化の一翼を担っていると言えます。
この第1次所得収支の急速な黒字拡大の背景を見てゆきます。
〇第1次所得収支の黒字急拡大をもたらす国内企業の海外進出
第1次所得収支は海外の資産から得るネットの収益ですから、黒字の拡大は海外資産の増大そのものと言えます。そして海外資産の増大はすなわち海外への投資が活発であったことの証ですが、海外投資は株式や債券など証券の売買によって収益を得る「証券投資」と、企業が海外への業務進出を目指して現地に生産拠点を建設、あるいは現地会社の経営権の取得を目的とした買収といった、資本を海外に固定的に投下する「直接投資」に分別されます。
下図は直接投資と証券投資の年度ベースの推移を示したグラフです。
海外への証券投資と直接投資の推移(年度ベース)
―1996年度~2025年度―

紺色の線が直接投資、赤線が証券投資です。黒色の縦線はリーマン・ショックとコロナ・ショック、ロシアのウクライナ侵略の時点です。
図から、証券投資はその性質上、金融情勢の変化等に従って売り買いを頻繁に行うためその分変動は大きくなり、一方、直接投資は企業が長期的・戦略的な見通しの下にリスクとリターンの兼ね合いを慎重に見定めたうえで経営判断として決定しますので、自ずとその変動は穏やかになります。
ここで、「海外投資」は元々海外との資金の流出入をまとめた統計である点にご留意ください。すなわち、証券投資について見ると、国内投資家による海外証券の買いと海外投資家による国内証の売りがプラスで、国内投資家の海外証券の売りと海外投資家の国内証券の買いの合計がマイナスにカウントされ、その差し引きネットが統計上の証券投資の値になります。
例えば、2025年度の証券投資が35兆円と過去最大規模のマイナスとなっているのは国内投資家が海外証券を大量に売却しているのではなく(売るタネとしては米国国債がありそうですがこれを一気に大量売却するのは不可能)、海外投資家の国内証券、特に株式への投資が活発だったと考えられます。2025年度の株式の大相場はこの証券投資の大幅赤字と裏腹の関係にありそうです。同様に2013年度の11兆円の大幅赤字はアベノミクス開始後の相場の活況との関係がうかがわれます。
一方、直接投資は上記の2013、2025年度の証券投資の大幅赤字の時でも白枠内にあるように14兆円、24兆円と確実に実績を残しています。いずれにしても国内企業が着実に海外直接投資を積み重ねていることは事実で(これは半面で海外から国内への実物投資が低調であることも示唆しています)、その結果が第1次所得収支の順調な黒字拡大として具現化していると言えます。
すなわち、近時の日本経済の順調な伸びを後押ししてきた要因のひとつである海外からの所得の増大は、企業が国内での成長に危惧を持つことで海外での業務拡大を目指して否応なく海外投資という高いリスクを取った成果と言えます。そして当然ながらその見返りとしての収益はリスクを取った企業に属することになります。
〇企業業績は長期的に順調に推移・逼塞感を打開する道は・・・
こうした経緯の下、企業は好調な拡大を実現してきたのに対し、個人の所得の伸びが長期的に見劣りしてきたのは事実で、個人に取り残され感のプレッシャーが強まるのは致し方なしと言えます。企業が積極的にリスクをとった結果として高いリターンを享受してきたことは決して否定すべきでないとしつつも、そこはそれ、個人の感覚としての”もやもや感”が拡まっていることが経済全体の逼塞感につながっているのではないでしょうか。
そもそも論からすると、経済は国が安定的に運営されるための欠かせない最重要案件であることは確かですが、国とはそもそも個々人が安定的に暮らすために存在していることも事実です。この意味で、広く個人がすっきりとしない状況については経済の原則とは離れても解決すべきという論も成り立ちそうです。
そこで、こうした状況を打開する一つの道として資産の有り様に注目します。日本の個人金融資産は2,300兆円に達しており、これは東証の時価総額1,300兆円余りを超え、また今回の主なテーマでもある国民総所得の3倍を上回ります。膨大なポテンシャルを秘めた金融資産全体を対象とした解析は極めて興味深いテーマではありますが、これについては別の機会とし、ここでは最も身近な資産としての株式に注目します。
下図は日経平均と日経平均に対応する業績である予想1株当たり利益(予想EPS)(*)について、2002年5月から直近の2026年6月までの月次ベースの推移を示すグラフです。2002年5月は予想EPSが連続して計測できる最古期です。
(*)日経平均は日本を代表する有力企業を対象として算出する相場指標であり、日本全体の株価あるいは企業の業績を代表するには偏りがあることは事実ですが、全体としての傾向は捉えられるということ、そして統計的な分析に最も適している点で採用しました。
日経平均と予想EPSの推移(月次終値ベース)
ー2022年5月~2026年6月ー

紺色の線が日経平均、赤線が予想EPSです。図から、リーマン・ショック、コロナ・ショック、ロシアのウクライナ侵略、またトランプ関税ショックなど世界的な大波乱を含む24年間において日経平均(株式相場)は5.9倍に上昇、一方、予想EPS(企業業績)はさらにその倍の12倍超にまで増大しています。
企業収益は長期に渡って極めて順調に増大しており、また、株価がそれに見合った成長を実現していることが注目されます。これは、株式市場が長期的に健全に機能していることを示しています。
すなわち、個人が株式を購入することで、企業が高いリスクをとって手に入れる高いリターンの一部を得ることが可能であることを示しています。むろん、一部ではあるもののリスクは負担しなければなりませんが、こうした個人の行動が広く進むことはモヤモヤとした日本経済の逼塞感が打開される道につながる可能性がありそうです。
時正に、個人株主が9,200万人に至るという報道がありました。こうした流れの中で日本経済の逼塞感が徐々に解消してゆくことが、あり得べき道の一つであると考えます。
*当講座でご案内している「基準相場」は上記の『資産運用のブティック街』のトップページにある無料の「相場の実相見る」コーナーで「日経平均と基準相場の推移」として毎日更新、公開しています。
同表では日経平均と「基準相場」を、短期として約6か月、長期として約3年間を対象に両指標を併せたグラフとしてご覧いただけます。
相場の根っこにある”ファンダメンタルズの実態”と実際の株式相場とを対比することで相場の”実相”を的確に捉える指標としてご活用いただければ幸いです。
*当講座についてのご意見、ご質問等ございましたら以下までご一報いただければ幸いです。
higurashi@iisbcam.co.jp
(*)ご注意
投資判断はご自身で行ってくださるようお願いいたします。
当講座は投資判断力を強化することを目的とした講座で投資推奨をするものではありません。
当講座を基に行った投資の結果について筆者及びインテリジェント・インフォメーション・サービスは責任を負いません。
講師:日暮昭
日本経済新聞社でデータベースに基づく証券分析サービスの開発に従事。ポートフォリオ分析システム、各種の日経株価指数、年金評価サービスの開発を担当。2004年~2006年武蔵大学非常勤講師。インテリジェント・インフォメーション・サービス代表。統計を駆使した客観的な投資判断のための分析を得意とする。
