「基準相場」とは

Pocket

「基準相場」は、『「日経平均」に姿を借りた、理論的な背景に基づく相場の決定構造を市場の実勢に合わせて求められた指標』ーーのことです。
 こうした指標は「理論的背景をベースとしたあるべき相場基準値を日経平均ベースで表した指標」と呼ぶべきですが、これは長すぎるので短く省略した名前が、すなわち「基準相場」です。
 なお、当指標は常に直近時点までの相場の実勢を反映するよう、毎年、構造を推計する期間を6月に1年間延長し、7月に再推計します。今回は2026年6月までの相場実勢を折り込んだ再推計結果となります。

 今回の「基準相場」を規定・再推計した過程は以下の通りです。

     ============= 「基準相場」を規定 ===============

 「株価を決定する第一の要因は企業の業績である」と言われます。
 これは、会社の価値は会社が将来に渡って稼ぐ全ての収益の合計として得られることが理論的(収益還元論)に示されており、その上で株価は会社の価値を適正に表す(はず)とされることから、株価を決定する第一の要因が企業の業績である、ということとなります。
 ただ、個別の会社については大きな事故や不祥事、あるいは新商品の思わぬ好調な売れ行きなど将来の収益が大きく変わる要素について予め全て予測することはできません。すなわち、個別会社については将来の収益に基づく適正な株価を正しく評価することは不可能になります。
 しかし、複数の会社を束ねる、つまりポートフォリオを組むと、例えば為替が急に円高に振れた場合、輸出依存度の大きい会社の収益はマイナスとなりますが輸入依存度の大きい会社の収益はプラスとなり、この2社を組み合わせるとお互いにプラス・マイナスが打ち消し合い全体としての収益の変動は小さくなります。つまり、一定数以上の銘柄を組み合わせると相場環境の変動による不確定な収益の変動を全体として小さく、安定させることができます。


 こうした複数の銘柄を組み合わせることで得られる利点を徹底的に追及した分析手法が「ポートフォリオ理論」として体系化、確立されており、理論的な投資分析の基礎として定着しています。

 そこで、このポートフォリオ理論に則って”究極のポートフォリオ”である市場全体を対象として相場構造の骨格を理論的に解析します。その際、株式相場を代表する指標として一般の投資家にとって最もなじみ深い日経平均を対象とします。したがって解析の結果は、「理論をベースとしたあるべき日経平均の水準」を求めることになります。
 すなわち上記、「基準相場」の誕生です。

 さて、この「基準相場」を理論的に構成する最も重要な要素は上述の企業業績です。そこで、日経平均に対応する業績、すなわち、「日経平均ベースの予想1株当たり利益:以下予想EPS(*)」が「基準相場」を決定する第1番目の要素となります。
(*)「予想EPS」は日本経済新聞に毎日掲載される「日経平均の株価収益率(PER)」を基に求められます。詳しくは下段の【ご参考】をご参照ください。



 下図は日経平均と「予想EPS」の月末値の推移を、「予想EPS」が連続して得られる最古期の2002年5月から直近の2026年6月について示したグラフです。


             図1.日経平均と「予想EPS」の推移(月末値)
                 ―2002年5月~2026年6月―

   
 
 紺色の線が日経平均で左目盛、赤線が予想EPSで右目盛です。
 図から、全体的に予想EPSは日経平均とよく連動しており、両者の相関度を示す相関係数は0.945と十分高く、業績が日経平均の有力な決定要因であることがうかがわれます。
 期初の2002年5月と直近の2026年6月の両指標の実数値を白枠内に一覧で記しています。この24年間余りで業績(予想EPS)は12倍以上と大きく伸びる一方、相場(日経平均)も約6倍に上昇しており、相場はこの間に生じた様々な環境の変遷を考慮すれば全体として業績に見合う成績を残してきたと言えます。


 ところで、この間には以下の4つの世界的事件が発生し、これらの局面では相場が変則的な動きをした結果、業績と相場が大きくかい離、あるいは逆行するなど業績だけでは説明できない異質の相場が出現しています。「基準相場」は株式相場のあるべき姿を示すという立場から、こうした現実に対処すべく説明要素を業績のみに限らず、オープンにこれらの相場の実態を説明する適切な要因を統計的な検証に基づいて探ることとします。

               <4つの世界的事件>
 
(1)2008年9月のリーマン・ショック:業績は底打ち後いち早く回復基調を辿ったのに対し、相場はアベノミクスの開始まで底這いの低迷が続いたことで両者はかい離しています。
(2)2020年3月のコロナ・ショック:業績は過去最大級の急落となったのに対し相場の下落は比較的軽くかつ直ぐに回復したことでショック直後の両者は行き違いに逆行しています。
(3)2022年2月のロシアによるウクライナ侵略:コロナ・ショックによる急落からの回復後順調な上昇軌道を辿る業績に対しショック後の低迷が続いた相場とのかい離が長期(約4年間)に渡り継続しています。
(4)2025年4月のトランプ関税ショック:相場はショックの直前に業績に先駆けて下落、落ち込み幅は業績を大幅に上回ったのに回復後には業績を追い越す急騰を見せるなどショック時のチグハグな動きが目立ちます。

 これらの業績と相場のアンマッチ現象を解消するために、それぞれの事件ごとに特異な相場状況を説明する要因を統計的検証を通して探ります。



            == 4つの事件に対応する説明要因の検証 ==

 
1.リーマン・ショック
 リーマン・ショック後のかい離の原因については急激なドル安(円高)が主因として浮上しました。
 下図は日経平均と米ドルレートについて上図と同じ2002年5月から2026年6月までの月末値の推移を示したグラフです。

             図2.日経平均と米ドルレートの推移(月末値)
                   ―2002年5月~2026年6月―

   

 

 紺色の線が日経平均で左目盛、米ドルレートが赤線で右目盛です。
 米ドルはリーマン・ショックを機に急落、2012年12月のアベノミクス開始まで続落したことで、為替市場の不透明感から相場(日経平均)に下押し圧力が強まる一方、業績はいち早く底を打ち回復に転じた結果、日経平均と業績の間にかい離が生じました。
 リーマン・ショック後のかい離はドルの急落による相場の下押し圧力を明示的に説明することで解消できそうです。

2.コロナ・ショック
 コロナ・ショック時の不具合は、リーマン・ショックとは逆に業績が急落したのに対して相場はショックの直後に底打ちしそのまま急上昇したため、半年間ほど相場と業績が逆行する状態となったことです。
 この逆行現象を説明する要因として”日経平均ベースの1株当たり純資産:以下BPS(Book-value Per Share)(*)”の順調な成長に行き着きました。

 BPSは会社が解散するという最悪の状況において株主の手元に残る根源的な会社の価値(解散価値)であり、株価はこれ以下にはならないという理論的な底値になります。(ただし、実際には株式市場にかなり存在しており、証券取引所としてはこうした状況を無くすよう色々と働きかけを行っているようです。)

 下図は日経平均とBPSについて、上図と同じ2002年5月から2026年6月までの推移を示したグラフです。

     図3.日経平均と日経平均ベースの1株当たり純資産(BPS)の推移(月末値)
                ―2002年5月~2026年6月―

   
 
 図から、BPSと日経平均は共に長期的に強い上昇トレンドを維持しており、相関係数は0.934と高い相関度を示しています。
 BPSは着実な上昇を続けており、特に2013年1月のアベノミクス開始後に上昇ペースを加速させていますが、これは企業収益の順調な改善(図1の予想EPSを参照してください)において、企業が収益の増加分をせっせと内部留保の蓄積に励んだことを示します。企業はリーマン・ショックによる市場資金の突然の枯渇による突然死の危機に直面した恐怖の経験が骨身に沁みた結果と見られます。(この傾向は現在まで続いているようです。)
 この内部留保に励んだ結果として、会社の根源的な価値であるBPSが急拡大したことが外的ショックにおける企業に対する信頼感ひいては相場に対する信頼感の高まりにつながり、それが、コロナ・ショック時の相場の下落を軽微にし、かつ底打ち後の急上昇につながったと見ることができます。
 BPSを「基準相場」の説明要因に加えることでコロナ・ショック時の相場の底堅さが説明され、両者の逆行現象を解消することができそうです。
(*)「BPS」は上記の「予想EPS」と同様、日本経済新聞に毎日掲載される「日経平均の株価純資産倍率(PBR)」を基に求められます。詳しくは下段の【ご参考】をご参照ください。
 
 
3.ロシアによるウクライナ侵略
 ロシアによるウクライナ侵略における不具合は相場と業績の間のかい離が収束せず長期に続いたことです。
 これは、全世界の誰もが(ロシアのただ一人を除いて)全く想定できなかった事件であり、この暴挙による業績と相場のかい離が継続したことを合理的に説明して解消する要素は見当たりません
 強いて要因を挙げるとすれば株式相場が正常に成り立つための前提である国際的な秩序がロシアの無法によって壊されれば株式市場が正常に機能しなくなるのではないかという不安による不安が相場を圧しつけたと考えられます。
 こうした状勢のもと、このケースについてはあえて新たな説明要素を検討することは断念しました。


4.トランプ関税ショック
 トランプ氏による突然の関税引き上げによる相場の混乱については、相場決定の主役である企業業績に加えて上記で示された米ドルとBPSも揃って上下しており、その意味で相場の変動はいわば正常な相場形成構造に沿った結果と言えます。ただ、チグハグな動きとして気になるのは相場が底打ち後、一気に急騰局面に転換していることです。
 この急騰はこれまでの相場の決定要因では説明できず、遠からず落ち着くのかあるいは市場のセンチメントが変わってやや危険な相場状況にシフトすることになるのか(すなわちバブル相場)、今後の動向を見定めることとします。
 
 ================================
 
 
 以上の検証によって、日経平均に姿を借りた相場の本来の姿を表す「基準相場」「予想EPS」と「米ドルレート」および「BPS」の3つの要因で規定することとします。これら要因との具体的な関係式は上記の2002年5月から2026年6月までの300か月を対象として推計します。
 推計の方式は得られた計算値と実際の値との誤差が最も小さくなるように求める方式(統計学でよく使われる“最小二乗法”)で求めました。
 推計の結果は以下の通りです。この式によって得られる値がすなわち、「基準相場」となります。


基準相場=―9,565+37.19*【予想EPS】+140.34*【米ドルレート】+4.478*【BPS】


 下図は上の式に予想EPSと米ドルレートそしてBPSの実績値を当てはめて求めた実績としての「基準相場」と日経平均を、推計期間である2002年5月から直近の2026年6月まで併せて示したグラフです。

            図4.日経平均と「基準相場」の推移(月末値)
                ―2002年5月~2026年6月―

   
 
 紺色の線が日経平均、赤線が基準相場です。
 上の図から、「基準相場」は2008年9月のリーマン・ショックと2020年1月のコロナ・ショック、また2025年4月のトランプ関税ショックについては、相場の変則的な動きをよく追とっており、相場と業績との間で拡がったかい離が解消または大幅に縮小していることが分かります。2022年2月のロシアの侵略後の相場の低迷については前述のように合理的な説明は不可能ということで、若干のかい離が残っています。

 全体を通して「基準相場」が日経平均の変動を説明する割合は図の”決定係数”で示される92.5%で、日経平均の変則的な変動を含め9割以上を説明しています(「基準相場」の単純な相関度を示す相関係数は0.962となります)。


 ここで、株式相場を決定する基本的な基準値は”ファンダメンタルズ”と言いますが、上図から日経平均は一時的にかい離してもやがて「基準相場」に回帰して行く姿はちょうど相場とファンダメンタルズとの関係を示しています。
 この意味で「基準相場」は日本の株式市場のファンダメンタルズを体現していると見ることができそうです。
 株式相場は時に荒っぽい乱高下を繰り返しますが、こうした時こそ目先の変動に惑わされずしっかりとした根拠、すなわちファンダメンタルズに基づく相場観を持つべきです。
 こうした状況において「基準相場」を皆様の相場観の一助としてご活用いただければ幸いです。

=== (*)ご参考:「予想EPS」と「BPS」の求め方 ===
 
1.「予想EPS」(日経平均ベースの予想1株当り純利益)の求め方
日経平均ベースの1株当り純利益は次の株価収益率(PER)の定義式を基に、以下のように求めます。
PER=株価/1株当たり純利益(EPS)
この式を組み替えると、
1株当たり純利益(EPS)=株価/PER
ここで、株価に日経平均、PERに日経平均の予想PERを当てはめれば、以下のように日経平均の予想EPSが求まります。
 
日経平均の予想EPS=日経平均/日経平均の予想PER
 
ただし、日経平均は構成銘柄の権利落ち及び銘柄入れ替えによる指標の累積された不連続性を“除数”という係数によって修正しているため、ここで逆に除数の逆数に相当する“日経平均倍率”で割り戻すことによって実数としての日経平均の予想EPSを求めます。
結果として、以下の式で日経平均ベースの予想EPSが求まります。
日経平均の予想EPS=日経平均/日経平均の予想PER/日経平均倍率
*ちなみに2026年6月末の日経平均は7万62円で、予想PERは18.18倍、そして倍率は7.542ですのでこれらを当てはめると、2026年6月末の予想EPSは以下のように510円98銭として得られます。
 
予想EPS=7万62円/18.18/7.542=510円98銭。
 
2.「BPS」(日経平均ベースの1株当り純資産)の求め方
日経平均ベースの1株当り純資産は次の株価純資産倍率(PBR)の定義式を基に、以下のように求めます。
株価純資産倍率(PBR)=株価/1株当り純資産(BPS)
この式を組みえると、
1株当り純資産(BPS)=株価/純資産倍率(PBR)
ここで、株価に日経平均、純資産倍率に日経平均の純資産倍率を当てはめれば日経平均の1株当り純資産が求まります。
日経平均の1株当り純資産=日経平均/日経平均のPBR
ここで予想EPSと同様に”日経平均倍率”で割り戻して実数に換算します。
 
日経平均の1株当り純資産(BPS)=日経平均/日経平均のPBR/日経平均倍率
 
*2026年6月末の日経平均は7万62円でPBRは1.92倍、そして倍率は7.542ですのでこれらを当てはめると、2026年6月末のBPSは次のように4,838円として求まります。
 
BPS=7万462円/1.92/7.542=4,838円。
 
*日経平均の予想PERとPBR、および倍率は日本経済新聞に毎日掲載されます。


*「資産運用のブティック街」また、「基準相場」について更に詳しい解説をご希望の場合は以下まで直接お問い合わせください。
◎メールアドレス: higurashi@iisbcam.co.jp


講師:日暮昭
日本経済新聞社で日経500平均、業種別日経平均等各種の株価指数、およびポートフォリオ分析サービスを開発、また、マクロ経済モデルの推計、経済予測を担当。2004年~2006年武蔵大学非常勤講師。
2006年から個人を対象とした投資学習サイト、「資産運用のブティック街」を運営。


(*)ご注意
投資判断はご自身で行ってくださるようお願いいたします。
当メルマガは投資判断力を強化することを目的としたもので投資推奨をするものではありません。
当メルマガを基に行った投資の結果について(有)インテリジェント・インフォメーション・サービスと筆者は責任を負いません。