≪ ポートフォリオ戦略実践講座 ≫
ー 株式相場の「上げ過ぎ・下げ過ぎ」判断の根拠を徹底解剖 -
〇ガウスによる自然現象の数式化と「正規分布」
19世紀のドイツに数学者で物理学者、天文学者でもあるカール・フリードリッヒ・ガウスという学者がいました。彼はある天体の位置について行った観測結果を検証し、観測値は中央に近いほど多く、中央から離れるほど少ない結果となっている点に注目しました。
これは、観測時の空気の流れや気圧の変化あるいは温度差など様々な制御できない自然現象によって正しい位置がずれた結果とみられますが、こうした観測結果は以下の4つの条件を前提とすることで説明できると考えられ、ガウスは数理的に整理し普遍的な事象として表現する数式を作りました。
4つの条件とは以下の通りです。
(1)正しい位置は観測値が最も多くなる中央で示される。
(2)観測値はこの正しい位置から離れる程度と同じペースで発生頻度が下がる。
(3)かく乱要因は多数束ねるとその影響はお互いに打ち消し合いゼロになる。
(4)観測値はあらゆるケースを連続して得られるものとする。
上記の条件に基づいて描いたグラフが以下のグラフです。
上記の条件に基づく観測値のグラフ(正規分布)
図で、横軸が観測値、縦軸がそれに対応する発生頻度です。発生頻度は正しい位置を示す最も頻度の高い中央の位置から左右に離れるにつれてなだらかに下がり、シンプルな釣り鐘型の形になっています。
ここで、上の各条件は実は自然界では通常見られる現象であり、いわば「自然の摂理」をまとめたものとも言えることから、これらの条件を基に描かれる分布は自然界のノーマルな状態を表す形という意味で「正規分布」、またはこの分布を数式で示したガウスの名前をとって「ガウス分布」と呼びます。
さて、ガウスはこの正規分布の特性を基に自然界における色々な発生現象を確率として捉える道筋を明らかにしました。この確率化によりそれまで感覚的にしか捉えられなかった自然現象を数値として扱うことで各種の統計的分析へつなげることが可能になり、ガウスは数理分析の分野において大きな貢献をもたらした一人とされています。
〇「標準正規分布」における確率決定の実際
正規分布の優れた特性は、その簡素な形の故に分布の構造が以下の2つの指標で完全に表せることです。
ひとつは対象とする事象全体の平均値、他のひとつは全ての事象における平均からのかい離の平均です。後者のかい離の平均は統計の分野で「標準偏差」と呼ばれ、各種の統計解析において最もよく使われる指標のひとつです。当講座でもしばしば登場しますので名前と直感的な意味、つまり事象全体のバラつきの程度を示す指標であることを押さえておいていただければと思います。
以下で実際の事象における発生確率がどう決まるかを見てゆきますが、説明を簡明にするためにここで平均値(中央値)がゼロ、標準偏差が1である特別な正規分布を考えます。このような正規分布を「標準正規分布」と言います(こうした調整は当該の事象について平均値を差し引いて標準偏差で割ることで簡単に行えます)。
下図は「標準正規分布」のグラフです
「標準正規分布」のグラフ
図は上の正規分布のグラフに、中央値から標準偏差だけ離れた位置(―1から+1)と標準偏差の2倍離れた位置(-2から+2)に縦線を引き、それぞれの領域に収まる面積が全体の68%と95%になることを示しています。この面積比率はすなわち、全体の事象において所定の事象がこの範囲に落ちる確率を表すことから、対象の事象がどのような確率のもとで発生するかが示されます。
この知見を基に実際の事象における発生確率は次のように得られます。
まず対象とする事象の平均と標準偏差を求め、それに基づいて該当する事象がこの標準偏差を単位として平均値からどの程度離れているかを見ます。
すなわち、事象が標準偏差の範囲に収まっていれば上の正規分布の特性に倣ってその事象は68%の確率の下で発生したものとみなし、標準偏差の2倍の範囲に入っていればそれは95 %の確率と見なすことになります。が、この2倍の範囲については、この範囲から外れる場合の確率が5%で、かつその上側か下側に外れる確率はその半分の2.5%となり、これはかなりレアなケースとみなせる、という使い方が実際には多いです。
なお、上の図では割愛していますが、標準偏差の3倍(ー3から+3)の範囲に入る確率は99.7%になり、ここから上か下のどちらかに外れる確率は0.15%でこれは普通ではあり得ない異常な事態と言えます。
〇株式相場の行き過ぎ評価への適用
さて、ここまで正規分布と実際の発生確率の関係についてご案内してきましたが、次にこれらが当講座の本テーマである「株式相場の上げ過ぎ・下げ過ぎ判断」へ適用できる背景について見て行きます。
株式相場は本来のあるべき水準であるファンダメンタルズを中心としつつ、市場に参加する無数と言える投資家の様々な(勝手な)思惑や思い入れの影響によって予見不能な不確実な変動を繰り返します。この状況は上で見た天体の観測値が特定できない自然の様々なかく乱要因によって本来の位置からずれる現象と同じ構図と言えます。
そこで、天体の観測値が正しい位置からずれる現象が正規分布で近似されるのと同様に、株式相場がファンダメンタルズから離れる不確定な変動にも正規分布の特性が当てはまるとすれば、相場の不確定な変動に天体観測と同様に正規分布に基づく確率の設定ができ、客観的な相場評価が可能になります。以下でその可能性を検証します。
まず株式相場を表す日経平均とファンダメンタルズを表す(はずの)基準相場との時系列の関係を見ます。下図は基準相場を推計した2002年5月から2025年10月までの日経平均と基準相場の月次終値ベースの推移を示したグラフです。
日経平均と基準相場の推移(月次終値)
―202年5月~2025年10月―
紺色の線が日経平均、赤線が基準相場です。推計期間の期初と期末のほか、リーマン・ショック、アベノミクス開始、コロナショック、ロシアによるウクライナ侵攻そしてトランプショックといった相場の大きな事件についてその時期と両指標の値を枠内に記しています。図から、日経平均は基本的に基準相場に沿った動きをしており、相場波乱時においては基準相場からかい離しますがやがて基準相場に戻ります。
こうした関係を両者のかい離の面に着目して見ると、かい離は日経平均が基準相場と一致するゼロ近辺で多く発生するはずです。このようなかい離と発生頻度の関係は、一定の区間に入る事象の数を示すヒストグラムによって明快に見ることができます。なお、ここでの対象期間が23年余りで、この間に日経平均はほぼ5倍の水準になっていることから、かい離の実態を表すよう水準ではなくかい離率を扱うこととします。
下図は2002年5月から2025年10月までの282個の日経平均と基準相場の月次かい離率の分布状態を示すヒストグラムです。
日経平均と基準相場の月次かい離率のヒストグラム
―2002年5月~2025年10月―
横軸がかい離率、縦軸が所定の区域に入ったかい離率の数です。図から中央部分が高く中央から離れるにつれて頻度が下がる正規分布を思わせる形になっています。なお、この間のかい離率の平均は0.015%で標準偏差は11.3%でした。
ここで、この図が正規分布とみなせるだけ十分に近似しているならば、正規分布によって理論的に規定される発生確率と該当する事象ごとの実際の発生確率も十分に近似できることになります。すなわち、実際のかい離率が標準偏差の範囲内であれば発生頻度の確率は68%、標準偏差の2倍の範囲から上側か下側に外れていれば発生頻度の確率は2.5%以下になるはずです。
〇株式相場の上げ過ぎ、下げ過ぎ判断の実際
この項では日経平均と基準相場の実際のかい離率と正規分布に基づく理論的な確率を対比することで検証し、その上で正規分布に近似できるとしたら現場の投資家が取るべき対応を考えます。
下の図はかい離率のヒストグラムと、上記のかい離率の平均と標準偏差である0.015%、11.3%に対応する正規分を重ねて描いたグラフです。
かい離率のヒストグラムと本来の正規分布
―2002年5月~2025年10月―

図から、見た目の直感ではヒストグラムは正規分布と十分似た形と言えますが、以下で数値的にその近似度を検証します。
まず、データ間の相関関係の強さを示す一般的な指標である相関係数を求めると92.6%でした。9割を超える相関度はかなり高いと言えますが、ことは実際の株式投資の状況判断に直結することですので、より厳密に実際の事象に密着した検証として、現実のかい離率が正規分布で示される理論的な発生確率にどれほど一致するかをチェックします。
実際のかい離率が標準偏差内、すなわちー11.3%と+11.3%の間に入ったのは204個でした。これは282個のうちの72.8%になり、正規分布で示す標準偏差内の発生確率の68%をやや上回っています。68%に対応する個数は192個で、12個、4%のオーバーとなります。
一方、標準偏差の2倍の範囲の下限である―22.7%を下回ったかい離率は12個で全体の4.2%、上限の+22.7%を上回ったかい離率は9個3.1%になります。いずれも正規分布の示す2.5%を若干上回っており、正規分布による相場の行き過ぎの評価は少々キツいとなっています。
〇採るべき投資スタンスは
以上から、日経平均と基準相場のかい離率がー11.3%と+11.3%の間であれば相場はファンダメンタルズに沿った安定した状態にあると判断して静観してよさそうです。
一方、かい離率が-22.6%を下回った場合は下げ過ぎ領域に足を踏み入れている懸念はあるものの、直ちに反騰すると見るのは尚早と言え、またかい離率が+22.6%を超えた場合は、これは上げ過ぎ状態と言えなくもない、といった含みのある状況で反落に備える準備は怠りなく行いつつ状況を見極める段階と言えます。
ここで、当講座ではこうしたかい離率による評価では直感的に捉えにくいということで、かい離率に見合う水準を求め、上げ過ぎの場合は「変動の上限」、下げ過ぎの場合は「変動の下限」とする指標を公開しています。また、この範囲であれば相場は安定状態と見なせる範囲の上側を「通常変動の上側」、下側を「通常変動の上側」として同様に指標をご案内しています。
=========== <直近の相場情勢は> ============
急騰した12月22日の日経平均は5万402円で上記の「変動の上限」は5万113円でした。上げ過ぎ警戒領域の境界に一致しており、反落への対応も視野に入れる状況と言えるかもしれません。なお、直前の前週末の日経平均は4万9,507円で「変動の上限」は4万9,417円とやはり拮抗する状況でした。このところの相場は上げ過ぎ(リスクオン)の境界をギリギリに挟んだ推移がしばらく続いており、市場参加者の強気・慎重が交差する微妙な心理がうかがわれます。
(*)今回ご紹介した「変動の上限」と「変動の下限」は当講座内の無料コーナー、「相場の実相見る」で毎日更新し過去にさかのぼる時系列で公開しています。
数値的な裏付けに基づいたこうした情報が皆様の適正な投資判断の一助としていただければ幸いです。
講師:日暮昭
日本経済新聞社でデータベースに基づく証券分析サービスの開発に従事。ポートフォリオ分析システム、各種の日経株価指数、年金評価サービスの開発を担当。2004年~2006年武蔵大学非常勤講師。インテリジェント・インフォメーション・サービス代表。統計を駆使した客観的な投資判断のための分析を得意とする。
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