≪ ポートフォリオ戦略実践講座 ≫
ー ファンダメンタルズの低下で広がる相場とのかい離:先行き不透明感の高まりで更なるかい離も -
2024年以降の相場の動き
2022年2月24日のロシアによるまさかのウクライナ侵攻によって為替相場の波乱、食料価格やエネルギー等の資源価格高騰、またサプライチェーンの目詰まりなど経済面での混乱が世界に拡がりました。
そんな中、日本の株式市場は2024年初には異常な相場環境をそれなりに吸収した形で、相場はファンダメンタルズに見合う水準に復帰したかに見えます。これは、日経平均と、ファンダメンタルズに見合う日経平均のあるべき水準を表す「基準相場」がほぼ一致したことで示されます。下図は2024年1月4日から直近の2025年5月23日までの日経平均と「基準相場」の日次ベースの推移を示すグラフです。
日経平均と「基準相場」の推移(日次終値)
―2024年1月4日~2025年5月23日―
紺色の線が日経平均、赤線が基準相場です。
2022年のロシアのウクライナ侵攻以降、日経平均は基準相場から大きくかい離し続けてきましたが2024年初には両指標とも3万3千円台でその差は562円、1.6%であり、相場はファンダメンタルズに見合う状態にほぼ戻ったと言えます。
その後、市場は相場がファンダメンタルズに見合う水準になったとの実感から(例のごとく)相場の状況を過度に楽観し、上げ足に加速が付き日経平均は一気に4万888円まで急騰しました。その後一服したものの、再度の上昇によって7月11日には史上最高値の4万2,224円を記録しました。しかし、これはさすがにペースが速すぎたか、直後に急反落し8月5日に底値の3万1,458円まで下落しました。
この急騰、急落を経た後、10月以降は日経平均は3万8,500円から4万円の間で推移し、相場は落ち着きを取り戻したように見えたところで突如降って湧いたのがトランプ関税の発表です。日経平均は発表直後の4月7日に「トランプ関税ショック」とも言うべき急落で、8月5日の底値を下回る3万1,136円まで下げました。
その後、相場は反発し足許ではやや落ち着いたように見えますが、こうした荒っぽい相場(日経平均)変動の裏にあるファンダメンタルズ(基準相場)の動きはどのようなものだったのでしょうか。その構成要素に分け入って、2024年以降の動きを追ってみましょう。
2024年以降のファンダメンタルズ構成項目の動き
基準相場は前回の当講座でご紹介したように、ファンダメンタルズを表す要素を各種の統計分析に基づいて3つに絞り込み、それぞれの要素を代表する具体的な指標として以下の3つの項目を採用しています。すなわち、
1. 企業業績:日経平均ベースの予想1株当たり純利益(予想EPS)。
2. 海外の情勢:海外の諸情勢の変化を集約的に表すと見られる米ドルレート。
3. 企業の基礎体力:社内留保の厚さを示す日経平均ベースの1株当たり純資産(BPS)。
下図は上記の3つの要因の変動の状態を直接比較するため、2024年1月4日を100とした指数で示したグラフです。
ファンダメンタルズ構成項目の推移(日次終値:2024年1月4日=100)
―2024年1月4日~2025年5月23日―
紺色の線が予想EPS(企業業績)、赤線が米ドル(海外情勢)、緑線がBPS(企業の体力)を示します。予想EPSと米ドルについてはそれぞれ高値、底値の指数値と実数とおよびその時期を記しています。
全体としての動きを見ると、状況は大きく3本の縦の黒線で区切られた以下の4つの局面に分かれます。すなわち、
局面1:2024年初から同年7月11日の米ドル最高値(日経平均も最高値)までの期間。
3つの指標が足並みそろえて上昇基調を辿った時期。ファンダメンタルズは万全の状態で市場が強気一辺倒になり、日経平均が最高値を付けたのも「さもありなん」と納得。
局面2:2024年7月11日から2024年11月半ばまでの期間。
この期間は米ドルが急落する一方、予想EPSとBPSは堅調に上昇基調を維持した時期で、両者の影響が相殺された結果、ファンダメンタルズはほぼ横ばいで推移。こうしたファンダメンタルズの状況の下、日経平均は7月のピーク、8月の反動安の後は11月からの相場の安定局面に向かう態勢を見せる。
局面3:2024年11月半ばから2025年2月13日の予想EPSの最高値までの期間。
3つの構成要素がそろって穏やかに推移した時期。ファンダメンタルズは安定しており、日経平均は局面2の終盤と合わせ約6か月間の安定期間となる。
局面4:2025年2月13日から直近の2025年5月13日までの期間。
米ドル、予想EPSともこの期間に最小値を付けるなど、3つの指標がそろって弱含みで推移し、当然ながらファンダメンタルズはかなりのペースで低下を続けた時期。しかし、一方で、日経平均は予想EPSの急落時を除いて大きな落ち込みはなく底堅い動きを続ける。この結果、相場とファンダメンタルズとの間のかい離が拡がり次の相場の不安定化のタネが?
こうした相場とファンダメンタルズとの間でのかい離は投資家の市場に対する楽観、悲観という感覚的な評価によります。感覚的なものだけに明確な形で識別することは難しいのですが、当講座ではこのかい離そのものを対象としてかい離をもたらす因子を「投資家における投資リスクの大きさ」として統計的に整理することによって数値化した指標、すなわち、「リスク回避指数」を開発しました。
「リスク回避指数」で評価する相場の状態
「リスク回避指数」は相場がファンダメンタルズに近い位置にあれば相場は通常の状態(投資家の見る市場リスクは正常の範囲)とみなして冷静に相場を見守ることが妥当であり、ファンダメンタルズから一定以上かい離する場合は異常な状態(投資家の見る市場リスクは異常に高過ぎあるいは低すぎの状態)で相場は反転の可能性が高いことになります。すなわち、投資出動の準備態勢に入るべきであることを示し、投資の基本スタンスである、「売り・買い・休み」の判断基準になると言えます。
当指数は受験でおなじみの「偏差値」に規準化することで相場の状況を受験の難易度になぞらえて分かり易く判断できます。詳しくは以下の「リスク回避指数とは」の欄をご参照いただきたいのですが、ここでは、相場の過熱状態、すなわち「リスクオン」の状態は指数が30点以下で示され、下げ過ぎ状態、すなわち「リスクオフ」の状態は70点以上の点数で示されることのみご記憶ください。
*「リスク回避指数」について詳しくはこちらの「リスク回避指数とは」をご参照ください。
下図は「リスク回避指数」の推移を示すグラフです。
「リスク回避指数」の推移(日次終値)
―2024年1月4日~2025年5月23日―
図から、ファンダメンタルズの好調を受けて楽観に走って2024年3月22日に付けた日経平均の4万888円時の指数は32.7で、相場はリスクオンの警戒領域に入っています。一方、7月11日に付けた日経平均の史上最高値4万2,224円については、裏に米ドルの上昇を主因としたファンダメンタルズの上昇があり、指数は37.1と、むしろより穏やかな警戒状況となっています。
このように、相場の過熱、下げ過ぎの状況は単に株式相場の水準だけではなく、その裏にあるファンダメンタルズの実態との兼ね合いで評価すべきなのです。これらのピークの直後に日経平均は反落しており、「反落警戒」の評価は妥当であったことが分かります。
一方で相場の下げ過ぎの状況を見ると、2024年8月5日の日経平均の最高値直後の反落時の底値と2025年4月7日の“トランプ関税ショック”による底値で指数は反騰の警戒領域に踏み込んでいます。そして、相場はここでも直後に反騰しており、行き過ぎの評価が正しかったことを示しています。
さて、近時の指数は警戒領域の境界である40点を挟んで上下する状況で、直近の5月23日の指数は41.5とわずかながら通常変動の領域内にあります。
関税を中心としたトランプ大統領の政策は日々揺れ動く状況で、株式市場に対する影響は極めて大きいにも関わらずその動向は全く予測できない情勢です。確かなことは先行きに対する不確実性は確実に高まるということです。そして、不確実性が高い時は、為替相場については一概に上げ下げの方向は決め難く、その意味で現状が維持される可能性がありそうですが、企業の経営者にとっての業績予想は確実に下げる傾向になることです。
この意味で、ファンダメンタルズは近時の低下傾向が今後とも続くと見ることが妥当のようです。したがって、相場自体は一進一退の状態が続いても両者のかい離は着実に拡がることになりそうです。その結果、「リスク回避指数」はさらにじわじわと下落し、30点を下回る状態になれば相場は静かに「リスクオン」の状況に進み、投資スタンスとして「売り」の態勢が求められる状況に至ります。
今後の株式相場は業績の動向にさらに一段と注目しつつ、慎重に対処することが求められれます。
*「基準相場」と「リスク回避指数」は、当講座の『相場の実相』コーナーで毎日無料で公開しています。お気軽にご参照ください。
*当講座についてのご意見、ご質問等ございましたら以下までご一報いただければ幸いです。
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当講座は投資判断力を強化することを目的とした講座で投資推奨をするものではありません。
当講座を基に行った投資の結果について筆者及びインテリジェント・インフォメーション・サービスは責任を負いません。
講師:日暮昭
日本経済新聞社でデータベースに基づく証券分析サービスの開発に従事。ポートフォリオ分析システム、各種の日経株価指数、年金評価サービスの開発を担当。2004年~2006年武蔵大学非常勤講師。インテリジェント・インフォメーション・サービス代表。統計を駆使した客観的な投資判断のための分析を得意とする。
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